世界中からビートを集めて、新しいジャンルを作るーMURAKAMIGOインタビュー
根底にあるのはヒップホップ
lushでは店長も経験して30歳くらいまで在籍していました。順調だったんだけど、またDJ一本に絞りたくなってきたんですね。これは自分の性格なんだけど、毎日が順調で充実しているなって思うと、なぜか逆に不安になって、冒険したくなるの。
もう一度フリーのDJでやっていこうとしたんだけど、その時はそんなにうまくいかなくて、あっという間に貯金が尽きた。(笑)そしたら今も大須にあるgreatest hitsっていうレコード屋さんが声をかけてくれて、働きながらDJをするようになりました。
その頃はDJしても全然盛り上がらなくて、スランプの時期でもあったんです。フリーでやっていくんだっていう気負いもあったし、lushでキャッチーなこともやっていた反動で、またストイックになり過ぎてたのかな。昔からの友達に「最近調子悪くて」って相談したら、本気か冗談か分からないけど「昔みたいに脱いでやってみたら」って言われたんです。
俺はプレイしながらTシャツを脱ぐキャラが定着してるんだけど、DJやり始めのころから脱いでたの。少ない出番でいかにアピールするかっていう場面で、脱ぐくらいしか思いつかなくて。(笑)でもそれは駆け出しの頃だけで、その後は普通にDJしてたの。
でも本当に煮詰まってたから、一回脱いでみたんですよ。そしたら心も裸になれたっていうか、カッコつけても仕方ない、理屈抜きで楽しもうぜって気持ちになれた。
あと、あるパーティに行ったら、お客さんがみんなすっごい楽しそうにしているんですよ。DJがかけてるのはヒップホップの新譜ばかり。俺ならヒップホップもハウスも、古いのも新しい曲も何でもかけて盛り上げる、って思ってたんだけどハッとしたんです。自由にプレイするのを信条にしてたはずが、逆に「どんなジャンルでもかけなきゃいけない」っていうことにとらわれて、楽しむことを忘れてたって。壁を作ってたのはむしろ自分自身だったんです。それからはとにかく、まずは自分が思いっきり楽しもう。そして自分の好きな曲・好きなスタイルで、目の前にいる人も楽しませよう、って考え方を変えた。それがお客さんにも伝わるんでしょうね、何をやっても盛り上がるようになってきたんです。
■今でもClashの後にエヴァンゲリオンをかけたりとか、他の人なら絶対しないようなつなぎ方をしていますよね。
【MURAKAMIGOさんのある日のプレイリスト】でもね、根底にあるのはそれでもヒップホップだと思ってて。俺はラリー・レヴァンだったり、グランドマスター・フラッシュだったり、DJのパイオニアにむちゃくちゃ影響受けてるから。クラフトワークでもYMOでも、世界中から純粋にかっこいいビートを探してくるところからヒップホップが生まれたみたいに、彼らの価値観や方法論が新しい音楽のジャンルを生んだわけでしょ。ラリー・レヴァンがかけた曲が「ガラージ・クラシック」っていう一つのジャンルになってる。これ、自分で言うのは恥ずかしいんだけど、やっぱり最終的に目指すのはMURAKAMIGOっていうジャンルなのかなって。
こういう風にいろいろかけるスタイルは「Open Format」って呼ばれていて、海外の大きいクラブやフェスでは主流なんです。最新のヒット曲と80‘sのダンスミュージックや、ロックを混ぜてかけるような。でも、Open Formatのスタイルそのままを日本でやってもダメだと自分は思ってて。ジャンルレスに音楽を楽しむ本質的な部分は残しつつ、俺はアニソンとかJ-POPもかける。お客さんは絶対に「えっ!?」てなりますよ。でも選曲の流れやミックスにこだわればちゃんとダンス・ミュージックとしてクラブでも盛り上がる。そうやってお客さんを驚かせたいし、質の高い面白さを届けたいですね。
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