2019-12-18

音楽を通して世界を見る
ー白波瀬達也さんインタビュー

釜ヶ崎に出会い、育てられる

■釜ヶ崎に行き始めたきっかけは?

白波瀬:大学院で何を研究するか悩んだことがあるんです。もともとアメリカのヒップホップが好きなので、経済的に脆弱なコミュニティがどんなカルチャーを生み出すのか、みたいなことに興味がありました。でも、英語も苦手だし、海外に長期滞在できる経済力もない。何より、もっと身近なものを見たい、見るべきじゃないかと考えたんです。

その時思い出したのが、釜ヶ崎のことです。
自分は大学受験に失敗して、大阪の難波にある予備校に通っていたことがあるんです。授業の合間に公園で休憩してたら、周りに野宿している人がたくさんいて。

1999年、ホームレス問題が最も深刻やった頃です。1998年の調査では大阪市内のホームレスは約8,600人。今は1,000人くらいですから、いかにたくさんの人が野宿してたか分かりますよね。バブル経済が崩壊した後、長期不況と言われる状況の中で、建設現場の日雇い仕事に行ってた人たちとか、不安定就労層がどんどん野宿化していたんです。

公園では野宿の人たちにキリスト教の関係者が声をかけていました。で、僕も「教会に来うへんか」って誘われて。宗教に興味もあったし、面白そうだと思って行ったんです。韓国系の教会だったので、在日コリアンの人がいたり、ホームレスの人がいたり。

僕は奈良県生駒市というところで育ちました。典型的なベッドタウンで、一戸建てにサラリーマンのお父さんと専業主婦のお母さんと子どもたちがいる 、そんな家庭が暮らす新興住宅地です。だから「貧困」は身近ではなかった 。大阪で知らなかった世界を目の当たりにして、自分の目が開かれたというか。

でも、それからスッと研究に入ったわけじゃなくって、大学入って、クラブ行ったりとか普通に大学生っぽいこともして 。(笑)だけど、大学院で腰を据えてじっくり研究しようと思ったとき、この原体験はすごく大きかった。

■釜ヶ崎ではどんな活動を?

白波瀬:僕が釜ヶ崎に入ったのは2003年。当時は生活保護を利用してアパートで生活する人たちが徐々に増えてきた時期でした。仕事が減り、住民も高齢化して釜ヶ崎は「日雇い労働者の町」から「福祉の町」と言われ始めていました。

そんな中で安定した生活が送れるようにと、釜ヶ崎でまちづくりの活動が始まった頃でもあります。夜回りなんかの活動に加えて、みんなで集う場所を作ったり、釜ヶ崎だけで使える地域通貨の取り組みに関わったりもしました。

最初はボランティアだったんですけど、27歳から釜ヶ崎の「西成市民館」という施設の職員になりました。住む家が無いとか、生活に困った人の相談にのって、社会福祉の制度も使いながら暮らしを好転させていく、相談援助とかソーシャルワークとか呼ばれる仕事です。

■生駒で育って、急に釜ヶ崎のおじさんたちと関わることになって戸惑いませんでした?

白波瀬:僕は生まれ育った町に対して窮屈に感じてもいたんです。似たような階層というか、家族構成の家が多いから、価値観もすごく均質だった印象があります。いい大学に行って、大きな会社に勤めるのが理想のライフコース、みたいな。僕は周りと足並みを揃えるのが苦手なタイプだったので、特にそう感じたのかもしれないですけど。

昔から部活も続かないし、バイト先でも苦労して。自分は組織の中で働くのが本当にしんどいんだなって思うと、この先ちゃんと飯食っていけるだろうかっていう不安はめちゃくちゃありました。
さらに僕らは就職氷河期世代なんで、普通に就活してもなかなか決まらなかったり。景気のいい時期に就職した先輩たちと、自分たちの置かれた状況はあまりに違う気もして。なんでこんな不遇やねんっていう、お先真っ暗感とか、社会に受け入れられていない感覚があったんです。そういう点で、野宿に追い込まれた人たちとどこか通じるものを抱えていたのかもしれません。

対して、釜ヶ崎の価値観はすごく自由に思えたんです。
初めて来た頃は、語弊があるかもしれないですが、楽しい場所というか、自分が解放されるというか、そんな印象でした。当時は屋台がいっぱい出てて、道端でいろんなものを売ってて…。そうそう、僕、釜ヶ崎の路上でもだいぶレコード買いました。なんでこんないいソウルのアルバム100円とかで売ってんねんみたいな。300円ぐらいの安い古着もよく買いましたね。
だから、初めの頃は問題を解決しなきゃっていうことではなくて、釜ヶ崎が好きで通っていました。

現在の釜ヶ崎の街の様子

■相談の仕事はどうでしたか?

白波瀬:相談では、その人の人生が語られます。「今日はどういうご相談で来られました? 」「家がないねん 」「なんでないのですか?」って聞いていくわけです。そうすると今までどういう仕事してきて、家族とどんな関係とか話してくれる。当たり前ですけど一つとして同じ話はない。かけがえのない、その人ならではの人生のリアリティに触れる仕事なんです。

その話を聞いて、一緒に考えて、生活保護とか自立支援センターとか何らかの提案をする。そしてその人の人生がいくばくか良くなっていくわけです。多くはどん底の状況を脱するサポートをする仕事なので、とても難しいけどすごくやりがいもありました。大学に就職するまで6年間はそこで働いてました。

≪次ページへ続く≫

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