2018-09-27

楽しいことばっかり
ーコバレレコーヒー コバさんインタビュー

コバレレコーヒー外観

愛知県の南部、知多半島の美浜町。海沿いの静かな町の、民家の立ち並ぶ細い道を入ったところに「自家焙煎コバレレコーヒー」はあります。コーヒー豆を焙煎する店主のコバさんと、趣味のウクレレが名前の由来というこのお店。各地のマルシェでは、レトロなグリーンのピックアップトラックでお馴染みです。

でも、私がコバさんを初めて知ったのは数年前、彼がクラブでDJをしている時でした。「今はDJなんて年に1回やるかやらないかだよ」というコバさんですが、遊び慣れた大人も唸らすセクシーな選曲。バブル期のディスコ、そしてクラブの黎明期には夜ごと街に繰り出していたというコバさんが、なぜ今美浜での暮らしを選んだのだろう…。そんな思いでお店を訪れたのですが、話は日々の暮らしからお金のこと、コバさんから見た社会のことにも及びました。

変わりゆく自分と社会を、ときにしなやかに受け入れ、ときに毅然とした態度を取ることをおそれないこと。自分の好きなこと、気持ちいいことを続けて生きていくことのきびしさと楽しさを思わせるインタビューになりました。

interview with Koba
楽しいことばっかり
text&edit:Yoshimi Ishiguro  photo:Ami Morita

コバさん

■コバさんは、もともとこの辺りの出身の方なんですか?

コバ:島根県の浜田っていうところです、浜田市。高校を卒業してから、姉も名古屋にいたし、こっちの大学受かったし、行ってみようかって出てきたんですよ。
だけど、特にやりたいことがあったわけでもないから、バイトとか遊びばっかり。ディスコとかね。クラブっていうより、ディスコ。そういうところによく行ってて。大学はほとんど行かなくて、辞めちゃったんですけど。いま54歳なんで、もう35年以上前の話ですよね。

■1980年代ですね。

コバ:そうですね。高校までは田舎だから、そういう遊び場もなくて。服とか音楽とか、サブカル系の本とかを読み漁ってたんです。でも、こっち来たらライブハウスもあるし、ディスコもあるし。色んなファッションの人もいるし。
世間では「ジュリアナ東京」とかがブームだった頃です。ハイエナジーとかユーロビート。でも、僕はガキっぽい気がして、そういうのは好きじゃなかった。

■その頃はどんな音楽が好きだったんですか?

コバ:パンクとか、ニューウェーブ系。当時はスカブームで、ツートーンっていうか、スペシャルズ、マッドネスとか流行ってたね。スネークマンショーの時代で、RCサクセションも全盛の頃で。でもやっぱりずっと好きなのはニューウェーブ。その頃、ブラックミュージックとかはあまりなかったかな。黒い感じではなくて、タテノリっていうか。

でも、ヒップホップは流行りだした頃で、RUN DMCとか、ジャングルブラザースとか、デ・ラ・ソウルとか。来日したら全部行ってました。アディダス履いたり、ジャージ着たり、けっこう僕も流行を追ってたかなあ。

今のクラブだと、このパーティはこのジャンルってだいたいかかる曲が決まっているでしょ。けど、その頃はヒップホップだけとかハウスだけっていうクラブなんてほとんどなかったから。大学辞めてから服屋に勤めたんだけど、仕事が終わったら毎晩みんなで遊びに行くんですよ。名古屋には「DANCEHALL」とか「SCHOOL」っていうディスコがあってね。ハウスもヒップホップもスカも、ニューウェーブも…まあいろいろかかってたんですよ。「buddha」くらいかな、ジャンルに特化してコアなことをやっていたのは。

そうやって遊んでいるうちに「あ、DJいいな」って。周りの友だちもDJ始めたりして、僕もやってみたくて機材を買ったんです。当時、buddhaのビルの1階にupperっていう店があったのね。そこで友だちが回してたからたまにDJをさせてもらったり。その子がupperをやめてからは、週に2回ずつそこでやってましたね。

■レギュラーってことですか?

コバ:そうだね、毎週。一人のDJが週に2回なんて今はあり得ないじゃん。でも、昔はDJやる人もそんなにいなかったし。upperはこの日はガラージ、別の日はレゲエって感じで、日によってジャンルを変えてたのね。僕はハウス担当っていうことになって。

でもその頃はハウスなんて「こんなワンパターンで単調な音楽は嫌だ」っていう人多くて。(笑)今でこそ「そこがいいんだ」って分かる人が多いけど、ユーロビートの時代だから。

僕がハウスミュージックを好きになったのは、踊るのにめちゃくちゃ気持ちよかったから。クラブ遊びをしている間に、自分はすごく踊りが好きだって気が付いて。だから家ではあまり聞かないんだけど、踊るところで聞くと上がるよねえ。

upperでは2年くらいやってたんだけど、お店がなくなっちゃったから、以降はたまに友だちのパーティに呼ばれてDJやるくらいになったかな。今はダンスミュージックのレコードのチェックもしてないし。いいものはいいんだろうけど、聞かないようにしてます。(笑)聞くと欲しくなったりするから。(笑

■DJしながら、昼間は服屋さんで働いてたんですよね。当時の店員さんって、今とはまた雰囲気が違って、すごいおしゃれで、憧れの存在みたいな感じだったと思うんですけど…。

コバ:まあ、バブルだよね。年末の土日だと、一店で一日1千万、2千万とか売れるような店もあったね。普通の学生とか、会社員の人が全身で10万円を超えるようなコーディネートを買っていくのは珍しくなかったし。

■どうしてみんなそんなにお金持ってたんですかね?

コバ:ねえ、おかしいよね。(笑)

≪次ページへ続く≫

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